千葉地方裁判所 昭和41年(む)22号 決定 1966年5月27日
申立人 水島晃 岩崎千孝
決 定 <申立人氏名略>
被告人鈴木充に対する当庁昭和四一年(わ)第一五四号傷害被告事件(昭和四一年四月二九日公訴提起)につき、千葉地方検察庁検察官山岡文雄が申立人等に対してなした処分に対し申立人等より準抗告の申立があつたので、当裁判所は検察官の意見をきき次の通り決定する。
主文
千葉地方検察庁検察官山岡文雄は申立人等と被告人鈴木充(当庁昭和四一年(わ)一五四号傷害被告事件)とを自由に接見交通させなければならない。
理由
本件準抗告申立の趣旨は、昭和四一年五月二一日千葉地方検察庁検察官山岡文雄が申立人等と被告人鈴木充(当庁昭和四一年(わ)一五四号傷害被告事件)との接見交通を拒否した処分を取消した上、主文同旨の裁判を求め、その理由は申立人等の準抗告申立書記載の申立の理由どおりであり、これに対し検察官は準抗告の申立を棄却すべきである旨述べ、その理由として検察官の意見書を提出したから、いずれもこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。
頭書被告人鈴木充は昭和四一年四月七日傷害事実について逮捕状により逮捕され、同月一〇日右同一事実について勾留されると共に、刑事訴訟法三九条一項に規定する者以外の者との接見等を禁止され、同月二九日前記同一事実について千葉地方検察庁検察官により千葉地方裁判所に公訴を提起され、現に代用監獄たる千葉中央警察署留置場に勾留されているものであること、及び右事実以外については逮捕勾留は固より起訴されていないものであることが、同被告人に対する起訴状並びに勾留に関する処分の関係書類により明らかである。
そこで右申立書、並びに意見書中の争点について審案する。まず、意見書三項は検察官が勾留、接見禁止決定の効力の及ぶ範囲について見解をのべたものと思料されるが、要するに、或る者Aが甲事実につき勾留、接見禁止決定を受けた上起訴された場合には、甲事実に関する勾留状、接見禁止決定の効力は現に捜査中の乙被疑事実にも及ぶこと、この様な場合にはAは乙事実については被疑者として取扱われるべきであり、検察官は乙事実につき刑事訴訟法三九条三項を適用して、同法三九条一項に規定する者との自由秘密交通権を制限し得ると解するものの如くである。
そこで、勾留状、接見禁止決定の効力の及ぶ範囲について考察する。
まず注意しなければならないことは、以下述べるように成程勾留状の効力の及ぶ範囲については若干の見解の相違はあるが、接見禁止決定の効力の及ぶ範囲については事件単位に考察すべきこと勿論であるとされ、何等見解の相違あるを見ないことである。蓋し勾留状の効力の及ぶ範囲の見解の差は人単位に考察するのが被疑者、被告人に有利であるか、事件単位に考察するのが被疑者、被告人に有利であるかの考え方の相違に起因するものであるからで、捜査の便宜、不便宜によつて見解の相違がもたらされるものではないからである。従つて、勾留状の効力に関する限り、事件単位とも人単位とも一概に限定せず、被疑者、被告人の利益のために事案に応じて考察すれば足るとも言えるであろう。しかし、接見禁止決定の効力の及ぶ範囲を人単位に考察するが如きは明らかに被疑者、被告人に不利益であり、かかる見解のとるべからざることまた余りにも明白であるからによるものであろう。
果して然らば検察官の右見解は独自のものであり、到底採用することはできないところであり、敢えて言えば、検察官の本件接見拒否は刑事訴訟法三九条三項の濫用でないとしても、同条項の著るしい誤解にもとずくものであると言う他はない。
次に意見書一、二項は要するに、申立人等には弁護人選任権者の依頼が具体的になかつたばかりでなく、受任の意思も明確でないので、被告人鈴木との接見を拒否したと言うものである。この点に関し、申立書四項は、要するに、右は単なる口実であり、接見拒否について右の如き理由をろうする所以はひつきよう検察官が勾留状、接見禁止決定の効力を事件単位に考えようとしない点にあるのであり、その実質は刑事訴訟法三九条三項の指定処分権の濫用に他ならないと言うものであろう。元来右の如き依頼がないと認め接見を拒否する検察官の処分は、それ自体だけでは、単なる行政処分であり司法的色彩を有しないので、右処分に対する不服申立は一般の行政処分に対する不服申立方法によるべく、刑事訴訟法四三〇条の準抗告は認められないところである。然し右の如き接見拒否が、実質的には、刑事訴訟法三九条三項の指定処分権の誤解ないし濫用にもとづくものであるならば、右処分はその実質において行政処分ではあるが尚多分に司法的色彩をおびるに至り、これに対する不服申立は右四三〇条の準抗告の対象となるであろう。この観点に立つて右問題を考察するに、申立人等が検察官に対し被告人鈴木充の父母たる鈴木繁、同琢からの依頼書を提示したことは検察官自身の認めるところである。その内容が、検察官の指摘する如く、申立人等を含む十数名の弁護士を列記する包括的のものであれ、弁護人依頼の疎明として右依頼書は誠に十分である。なお、検察官は申立人等は弁護人受任の明確なる意思決定をなしていないことを主張し、その疎明資料として、先に同種類の準抗告の申立をなし或は接見の申出をなした弁護士等において、未だ正式の弁護届を提出していないことを挙げ、同人等のみならず申立人等の真意が疑われると附言する。しかし、検察官の疎明として主張するところは検察官の誤解であつて、右弁護士等の内山本祐子こと幸子、中村光彦、高橋敏男の三名はいずれも検察官の意見書作成の昭和四一年五月二五日の前日である同月二四日当裁判所に右弁護届を提出しておることが傷害被告事件記録により明白である。それはそれとしても、申立人等において弁護受任の明確なる意思なくして接見を申入れたことは到底認められないから、この点に関する検察官の主張は理由がない。然らばこれ以上いかなる事情をも考慮すべきではないのにかかわらず、検察官が意見書一、二項記載の如くその接見を拒否し或は刑事訴訟規則二七条により弁護人となろうとする者の数を制限しようとしたことは、結局検察官において、現段階においては被告人鈴木充に関する一連の事件は被疑事件としての重要な特色を有していると主張し、前述の如く勾留状、特に接見禁止決定の効力は勾留の基礎たる傷害事実(公訴事実)に限らず、現に捜査中の被疑事実にも及ぶものであり、被告人鈴木充は一面捜査中の被疑事実についての被疑者たる身分をも有し、これに対して刑事訴訟法三九条三項の指定処分類似の取扱をなし得るかの如く誤解したことに基因するものと思料される。
以上の如く本件接見拒否は、検察官において勾留状、接見禁止決定の効力及び刑事訴訟法三九条三項の誤つた解釈にもとずき弁護人選任権者の依頼あるにかかわらず、考慮すべからざる事情を考慮し、誤つて依頼ないし受任の意思なしと認定した結果これをなしたものと認められるので、検察官が昭和四一年五月二一日なした右接見拒否処分は違法であるが、右処分は一回限りの処分であつて、現在においては取消の対象にならないので、これが取消を求むる点は理由がないが、検察官は今後は申立人等と被告人鈴木充とを自由に接見、交通させるべきであると言わざるを得ないから、刑事訴訟法四三二条、四三〇条一項、四二六条二項に則り主文の通り決定する。
(裁判官 石井謹吾 小室孝夫 浅田登美子)
準抗告申立書<省略>